3. 食べてみよう
フランス料理といえば、ミシュランのガイドブックで紹介されている星付きレストランでの豪華な食事を想像されるかもしれませんね。けれども、現地の人が口にしているのは、そうした華やかな料理ばかりとは限りません。本章では、フランスの食について紹介します。
また、同じフランス語圏でも、国や地域によって、影響を与えつつも、さまざまに異なります。興味を持った国について調べてみるのも面白いでしょう。
1.レストラン restaurant
レストランの歴史
レストランという言葉はフランス語です。そして、皆さんが知っている意味でのレストランが誕生したのは、19世紀フランスだと言われています。意外と新しくありませんか?時代に応じて、レストランという語が指すものは異なります。そもそもレストラン(restaurant)とは、「修復・回復する」(restautrer)という動詞の現在分詞形です。何を修復・回復するかと言うと、それは健康です!その昔、レストランという語は栄養たっぷりのスープのことを指していました。そして、こうした滋養に満ちたスープ=レストランを提供するお店が登場し、だったら店の名前をレストランにしようというお店が出てきました。「え?スープだけ!?」と思った方もいるかもしれませんが、当時のヨーロッパにはギルド制度(扱える商品が細かく区分され、互いに他の領域を侵してはならない制度)があったのです。18世紀後半にレストランの原形のようなものが誕生すると、フランス革命によってギルド制度が解体され、また王様や貴族に仕えていた料理人たちが市井に下ります。ここから、豊富なメニュー、そしてメニュー表や定価といった概念が誕生し、私たちの知るレストランになっていったのです。
食べるところいろいろ:レストラン、ビストロ、ブラッスリー、カフェ...
現代では、食事を提供する場所も様々になりました。料理を提供してくれる場所を指す、いわゆる広義の「レストラン」も、やはり様々に分類することができるようになりました。ここで挙げる分類には決まったものはなく、すべて(広義に)「レストラン」、と掲げられていることがありますが、それぞれの高級さ、気軽さは違ってきます。
(狭義の)レストラン(restaurant)
いいことがあったときには、冒頭で述べられたような高級レストラン、つまり狭義の「レストラン」に入ってみましょう。まず、高級になればなるほど、予約が必須となります。それなりの服装も必要です。
そして、レストランに入ると、見た目に華やかです。布地のテーブルクロス、そして銀食器やきれいに折りたたまれたナプキンが皆さんをお迎えしてくれます。もちろん、お客様に嫌な思いをさせない、喜ばせる接客は一流です。
基本的には、前菜・メイン・デザートの順番で頼むこととなります。どれかを抜くことはできないでしょう。しっかりとおなかを空かせてから行きましょう。ワインや水も、予算に含んで行きましょう。
このような、いわゆる「レストラン」を探すためには、まずは冒頭で述べられた『ミシュラン』のレストランガイドを開いてみましょう。また『ゴー・ミョー』 (Gault et Millau)の格付けも有名です。一流店や星つき、さらにはリーズナブルなものも見つかるでしょう。
フランス人でも、こういったレストランには、結婚記念日や誕生日、入学・就職祝いなどといった特別なケースにしか行くことはありません。フランスを訪れる私たちは観光で行くことになると思いますが、その場の雰囲気に合わせてみましょう。きっと心もおなかも満ち満ちた食事ができ、そして忘れられない思い出を得ることができるでしょう。
ビストロ(bistrotもしくはbistro)
高級な(狭義の)レストランに対し、もっと気軽に食べられるのがビストロと言えるでしょう。この名前は、ロシア語のBistrot !「早く!」から来ていると言われます。このビストロは、現在では大きく3種類に分けることができます。まず、飲むことが主体と言っていいほどのカフェやバーを備えた素朴なものがあります。ワインの品ぞろえがよいことも。次に、家庭的・伝統的な料理が食べられる小さなレストランとしてのビストロ。店内の雰囲気は高級レストランに匹敵するものや、前衛的なものなど。しかし、前菜またはデザートを除いて、メインだけでも頼むことができる店もあるなど、気軽に利用できます。3つ目に、最近多くみられる「ビストロノミー(bistronomie)と呼ばれるカテゴリーです。高級店に負けないような手の込んだ料理を、手ごろな値段で提供してくれます。
ブラッスリー(brasserie)
もともとは「ビール醸造所(brasserie)」に併設された食事を提供する場所に端を発しています。内装は豪奢なもの、カフェのようなものなど、さまざまです。(狭義の)レストランに比べて、手軽でお値段お手ごろな場所となっています。コースでも、一皿でも食べられますので、急いで食べるのにももってこいです。ブラッスリーは大まかに、アルザス系とベルギー系に分けることができるでしょう。アルザス系は「シュークルート(choucroute)」などのアルザス料理や海鮮もののプレートにビールやアルザスワインを合わせて。ベルギー系はムール貝とフレンチフライ、牛肉のビール煮込み(carbonade)などといった、ベルギー料理主体。ベルギービールやフランス各地のワインを合わせて楽しめます。
カフェ(café)(またはバー(bar))
現在ではほぼ同義で使われています。 コーヒーやアルコールを提供するだけのところ、さらには簡単な一品料理(ステーキやサンドウィッチ、サラダプレート、最近ではバーガー)などを出すところも。カフェは朝から晩までいつでも開いていて、コースではなく一皿で食べることができたり、デザートを食べながらお茶したり、また、飲み物一杯でみんなで集ったりすることもできるので、気軽に利用することができます。
オーベルジュ (Auberge)
民宿、旅籠といった感じの、料理つきの宿泊施設。いわゆるレストランやビストロ、バーとしての経営をするところもあります。料理自慢のところには、週末にわざわざ車を走らせて宿泊しながら食べに行く価値があるものも。
2.家庭料理
冒頭で述べられた通り、フランス人はいつでも外食をするというわけではありません。むしろ外食の機会は少ないといえるでしょう。家庭では、何がどのように食べられているのでしょうか。
朝食(petit déjeuner)は、いわゆる「コンチネンタルスタイル」です。バゲットの輪切りにジャムやバターを塗るtartineや、クロワッサンなどのパン、シリアル、お茶碗とどんぶりの間ぐらいの大きさのボールに入れたカフェオレ、フルーツジュース、ヨーグルト、果物などで朝ごはんとします。
昼食(déjeuner)や夕食(dîner)では、後述する方法によって、前菜→メイン→デザートの順番で食べていきます。どんな家庭でも忠実に守る、と言っても過言ではありません。メインには、煮込み料理と同時に、オーブンを使って火を通した大皿料理が登場することも多くあります。昼食の時間はおおよそに13時ごろから、夕食は20時~21時ごろからと、日本やアメリカ、ドイツなどよりも遅いことに気を付けましょう。伝統的には昼を多く晩を少なめに、ということでしたが、近年は必ずしもそうではなくなってきています。忙しい現代人にとって、昼はサンドイッチや社食、学食などで済ませることが多くなり、夜に家族でゆっくり、たっぷりと、ということも増えてきています。
ところで、フランス語圏の友達ができてくると、そのうちお呼ばれをする機会も増えてくるかと思います。休日には家族同士や友人などと集まって、ホームパーティー(fête)をします。招く家では、前日や朝から仕込みます。昼ちょっと前頃、軽くつまんでゆっくりと食前酒(apéritif)しながら、全員が集まるのを待ちます。みんなで食卓に着くと、コースで食べていきますが、とにかくおしゃべり(discussion)しながら、ゆっくりとした時間を過ごします。デザートを食べて、コーヒーをいただいているころには、「晩御飯はどうしようか」といった時間になります。
家庭では、昔は主婦が腕を振るっていましたが、今では夫婦共働きで料理に時間をかける時間が少なくなってしまいました。週末、車で1週間分の食材を郊外のショッピングモール(hyper marché, grande surface)で買ってきて、ということも多くなりましたが、それでも休日の午前中は、新鮮な食材を近所の市場(marché)に求めに行き、料理を楽しむ機会となります。
3.食べる方法
レストランや家庭での食事について見てきましたが、どちらも共通することがあります。フランスでの食事の方法です。
初期のフランスでの食事の提供方法は、食卓に皿類をいっぺんに出してしまい、肉(ロースト)のプレートをテーブルで取り分ける「フランス式サービス」と呼ばれるものでした。現在のように、ウェイターがテーブルを回り、コースで一人ずつに盛り付けられたものを提供するようになったのは、1810年ごろに帝政ロシアの外交官であるクラーキンが紹介したとされています。これは「ロシア式サービス」と呼ばれます。このように、現在のフランスの食卓では、すべてのお皿をいっぺんに提供するのではなく、一皿ずつコースで進んでいきます。これはレストランだけでなく、家庭でも、さらには飛行機の上級クラスなどでも同様です。
一般的には、前菜→メイン→デザートの順番で進みます。前菜(entréeまたはhors d’œuvre) としては、温かいものはスープなど、冷たいものは、サラダ、サラミやハムなどの豚肉加工品、オイルサーディンなどの魚の加工品、冷製スープなどがあります。
メインディッシュでは肉もしくは魚を食べます。それらの横に付け合わせとして、フライドポテト(frites)、お米や豆類などの穀物をゆでたもの、ホウレンソウやインゲン豆などの野菜をゆでたもの、パスタなどが添えられます。基本的には温かいものが供されます。
デザートはケーキやアイス、プリンやヨーグルト、さらには果物の場合もあります。
4.地方料理、ヌーヴェル・キュイジーヌ…
六角形(Hexagone)をした国土の中に広大な耕作地を持つフランスは、農業国でもあります。バラエティーに富む気候ですが、概して温暖で、豊富な食材に恵まれています。その土地から生まれる材料から、様々な伝統料理が生まれてきました。各地の代表的な料理を見てみましょう。
・ドイツに近いアルザス(Alsace)地方では、発酵させたキャベツ(ザワークラウト)と豚肉加工品を白ワインで煮た「シュークルート(choucroute)」、
・ブルゴーニュ(Bourgogne)地方では、いわゆるビーフシチューである、牛肉の赤ワイン煮込み(bœuf bourguignon)やエスカルゴ、マスタードを使った料理、
・プロヴァンス地方では地中海の魚や、トマトやオリーブオイルをたっぷりと使った料理、
・南西部では豆と豚肉加工品などをガチョウの油で保存し、鍋で煮て供する「カスレ(cassoulet)」、
・バスク地方では、フランスでは珍しく唐辛子を使った料理(鶏肉のバスク風煮込み(poulet basquaise))やバイヨンヌ(Bayonne)産の生ハムなど、
・ボルドー地方ではワインに合う牛肉料理や砂肝を使った料理、
・ブルターニュ地方ではクレープ(crêpe)やそば粉から作ったガレット(galette)、
・北部では牛肉のビール煮込みや芳醇なマロワールチーズを使った料理など、
と、代表的なものを挙げただけでもキリがなくなりそうです。これらには、それぞれの土地のワインを併せて楽しむと、倍増することでしょう。
そういえば、上のリストに、パリがないのにお気づきかもしれません。確かにパリとその周辺にはマッシュルーム(champignon de Paris)やハム(jambon de Paris)といったパリの名を冠する食材はあるのですが、地方料理が存在しません。首都パリには無数のレストランがありますが、そこで出される料理は、主に地方の伝統料理、そしてシェフがアレンジを加えたものなのです。
伝統的な料理は、その特徴とするソースのためにかなり重く、ごてごてとしたものでした。そこで、1970年代には、ハーブやレモン汁などで味付けをしてより軽く、健康に良く、新鮮な食材を使い、見かけにもこだわる新しい料理「ヌーヴェル・キュイジーヌ(nouvelle cuisine)」の流れが出てきました。一流シェフがこぞってこれらを実践しました。日本におけるフランス料理のイメージはこのヌーヴェル・キュイジーヌのものかもしれません。さらに現代では、伝統技法との合わせ技で「キュイジーヌ・モデルヌ(cuisine moderne)」の流れが活況となっています。
さらに近年、レストランなどでは、ベジタリアンやビーガンに対応したメニューも用意されてきています。